断章

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ショーペンハウアーのユダヤ教批判

『世界の苦悩に関する教説によせる補遺』(岩波文庫「自殺について」斎藤信治訳 に収録)より

 梵天(ブーラフマー)は一種の堕罪乃至堕落によって世界を生み出した。そのためのそれを償うために彼は自ら世界のなかにとどまり、世界からおのが救済の日を待っている、とせられている。――素晴らしいことだ!――仏教では、懺悔を通じて到達せられた涅槃(ニルヴァーナ)という至福の状態の蒼穹のような明澄さのなかに、長い静寂の後に、不可解な溷濁がいりこんできたことの結果として世界が発生したものとせられている。即ち世界の発生は一種の宿命によるものなのであるが、しかしこれは結局倫理的に理解せられるべきものである。尤も以上の説は、自然界のうちにも、いわゆる原始星雲――これから太陽が形成された――の不可解な発生という点で、それと厳密に対応する形像と類似をもってはいる。ところで世界はその後、倫理的堕落の結果、物質的にも漸次に悪化から悪化への道を辿り、ついにそれは現在の悲しむべき形体をとるにいたった、とせられている。ーー素晴らしいではないか!――ギリシャ人にとっては世界と神々は或るはかり難い必然性の創作である、――こういう思想も当座の要求を充たす間に合わせのものとしては我慢ができよう。――オルムズド(善き神)はアハリマン(悪しき神)との絶えざる戦闘のうちに生きている、――これも一考に価いする。
 ところが、エホバとかいう神が、自分の心をたのしませるために困窮と悲惨のこの世界を創り出しておいて、さておまけに「すべて甚だ善し παντα καλα λιαν」(創世記1.31)などと自分一人で拍手喝采したというにいたっては、もう我慢がならない。そこで、こういう点からして、ユダヤ教というものは文明国民の諸々の宗教のなかで最下位を占めるものであることがわかるのだが、宗教の中で霊魂不滅の教理を全然もっていない否それの何らかの痕跡さえも含んでいない唯一の宗教がこのユダヤ教だということも、最下位の宗教としてはまことにさもあるべきことである。